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遠賀のむかしばなし(三話 地蔵庵の由来 松の本)
ある月の明るい、秋の夜のことでした。草むらからは、虫の鳴く声が聞こえておりました。
一光という京に住んでいる老人が長い間、故郷の松の本をはなれていましたが、帰ることを思い立ったので旅の支度をしていました。
そこへ、知り合いのお坊様が筑前まで帰るといって訪れ、「あなたも九州へお帰りですか。幸いに好い道連ですから、一緒にお願いします。」と言われました。
それで「わたしも一人旅のさびしさから救われますので、よろしくお頼みします。」と一光老人は答えました。
それで二人は、長い長い旅をいっしょに続けて、やっとの思いで故郷の松の本に帰り着きました。
「京からの道中は、いろいろとお世話になりました。ぜひ、私の家で落ち着いて、旅の疲れをいやしてください。」と、一光老人はお坊様に申しました。
しかし、お坊様は、一光老人の別れがたい心はわかっているのですが、何かわけでもあるのでしょう。どうしても、その話を聞き入れてはくれませんでした。
お坊様は、「ここでお別れするのは、心のこりですが、私の代わりに、ある仏様を残してまいります。」と静かにそう言って、立ち去っていかれました。
ところが、どこにも、仏様の像は、置かれては、いませんでした。
その夜のこと、一光老人は不思議な夢を見ました。夢の中に仏様が現われて、「村の中ほどの小高い丘に三本の松があります。そこへおまつりしてください。」とおっしゃいました。
一光老人は、何のことなのか、さっぱりわかりませんでした。しかし、お坊様の言葉を思い出し、気になりましたので、夜が明けるのを待って、三本松のある丘へ行ってみました。
すると、どうでしょう。その松の木の根元に、今まで見たこともないような、きらきら光る仏像がありました。
その仏像の光と、おりから束の方から昇りはじめた朝日の光とが、いっしょになって、それはそれは美しく照り輝いておりました。
一光老人が驚いたのは、申すまでもありません。
一光老人はたいそう感激して、その場所にお堂を建て、その仏様を安置し大切におまつりしました。それが、今の延命地蔵様だったのです。
松の本のお守りとして、村人の信仰を集め、遠くから多くの人びとのお参りが、あとをたたなかったということです。
その後、何度かお堂は、建て替えられましたが、貞亨四年今から三百年位前のこと、黒田のお殿様がこのあたりに鴨狩りに来られて、松の本で休憩されました。
ひどく荒れ果てたお堂の様子をごらんになり、立派に改築されたと伝えられています。
三十年位前までは、お堂の前の松の大木は残っておりましたが、現在は枯れてしまい、その株跡だけが昔を留めています。
その後、地蔵庵の七百年祭が、地元の人達によって盛大に催され、「松の本」や「地蔵下」の地名は今も大切に受けつがれています。
歩いて見ようおはなしのふる里
松風山延命庵
延命庵の地蔵仏や地獄絵は有名
小高い丘も三本の松も今はない