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遠賀のむかしばなし(十一話 竜神の渕 木守)
むかし、むかしのそのむかし、今の西川が遠賀川の支流で、木守の大曲から西の方を巡つて、別府の外側を通り、白賀宮前、木垂と流れて、鬼津の井手を通り、遠賀川に注いでいたころのお話です。
それぞれの村々では、川に井手(水をせき止めるところ)を作って、田んぼに水を入れていました。
そして、田植えの季節になると、川の上流から次々に苗を植えて、順々に下流に移ってゆくのが古くからのならわしでした。
ある年のこと、日照りが長く続いて、どこの田んぼも水が足りなくなってきました。
村人達は、毎日毎日、雨が降るのを待っていましたが、なかなか雨が降りませんでした。
困り果てた村人達は、たくさんの藁に火をつけて、「千把焚き」といわれる雨乞いなどをして、神様に祈りました。
それでも、雨はなかなか降ってはくれませんでした。
木守の西に、水神の薮と呼ばれている、静かで青々とした深い渕がありました。
そこは干ばつの時でも水のなくなることのないところでした。
ある時、別府の村人達がその下流に井手をかけて、水を少しずつ田んぼに引きいれ始めました。
ところが、そうなってくると、水は一滴も下流には流れてゆきません。
困ったのは下流の村人達です。とうとうある夜、上の村人達と下の村人達との間で水げんかが始まりました。
大勢の村人達が手に手に鍬や棒ぎれなどを持って、井手のある水神の薮の渕に集まってきました。
迎えうつ村人達も棒ぎれなどを持ち、今にも乱闘になりそうでした。
と、その時、まっ暗な水面に、突然頭をふり立て、体中から今までに誰れも見たことも、聞いたこともないような、まぶしい光を放ちながら、一匹の竜が姿を現わしました。
大勢の村人達は、誰れもかれも、驚きのあまり、乱闘を始めようとしていた事を忘れたかのように、ぼうぜんと立ちつくしておりました。
ある者は、手を振り上げたままになっておりました。この神々しい竜の姿に、息をすることさえ忘れたように、ただただ眼を見はるばかりでした。
そして、いつの間にか、その美しい竜の姿は、青く深い水の底に、すいこまれるように、消えていきました。するとどうでしょう。竜の涙でしょうか。
不思議な事に、あの待望の雨が、ザアーザアーと降り始めたのです。
そこにいた全員が、驚き喜んだことは、言うまでもありません。
敵、味方もなく、全員が涙を流しながら、肩を組み、手をたたき、いつまでも、雨の中で喜びに浸っていたそうです。
この不思議なでき事があってから、村人達のあいだでは、もう、水争いは、なくなりました。
後に村人達は、その渕で竜神の精を見つけ、井手神社のご神体とし、竜神のお祭りを今も続けているのです。
井手神社には。“水聾”と書かれた扁額が今もかけられています。
歩いて見ようおはなしのふる里
木守地区井手神社
社屋の奥にある水聾の額
井手神社