本文
遠賀のむかしばなし(十四話 鼻かげ天狗 鬼津)
むかしむかし、遠賀の里に小鳥掛という所があったそうな。そこに、与作どんとおきぬという仲の良い夫婦が住んでおった。
今朝も早くから野良で一生けんめい働いておった。
「今日はええおひよりで。」
「ほんにええおひよりで。」
「与作どん、今日もようせいがでるのう。」
与作どんの畑のすぐそばの山に大きな椎の木があったと。お日さまが昇りはじめると、椎の木の長い長い影が尾崎までとどいたんじや。
そしてな、お日さまが沈みだすと椎の木の長い影が鬼津をすっぽり包んだそうな。
ある日のこと、与作どんとおきぬは大きな大きな椎の木の根元にある山ん神(山の神)にお参りに行った。
「山ん神さま、どうぞ今年も豊作でありますように。」
「“ハガクレ”が悪さをしませんように。」
“ハガクレ”とは、村人をおどろかせたり、田畑を荒らしたり、悪さばかりして恐れられている天狗のことじゃ。
と、その時ガサガサ音がする方に目をやると、「うひゃ。な、なんだありゃあ。」
「“ハガクレ”だ。」
「た、た、たすけてくれ。」
二人は腰を抜かさんばかりに驚いた。
こんもり茂った枝葉の間から、鼻がずんと高く、体が木の葉の色をした天狗がじっとこちらを見ておった。
“ハガクレ”だ!!ハガクレ天狗だ。」
「ワハッハッハ。ああおもしろい、あの驚くかっこうはなんじゃ。ワッハッハッハ、ワッハッハッハ。ああ、おもしろかった。
ああ、のどが乾いてきたぞ。そうだ、あの池に行ってみよう。」と、いうと、天狗はでかけました。
山ん神からずっとくだった所に、清水のわき出る池があった。
そこには、大きなカニや小さなカニがたくさんおった。
「ゴクゴクゴク、ああうまかった。さあて、もういっちょ人間ばやらかすとするか。」
と、その時、
「まだ悪さをすっとか。こんどこそ、こらえんぞ。」
どこからか低い声がした。“ハガクレ”はきょろきょろ見まわした。
ひょっと下を向くと、真赤な顔をした大きなカニが二本のハサミを身がまえて、じっと睨んでおった。」
「この横着なカニめ。踏みつぶしてくれるわ。」
天狗が高足駄でふみつけようとしたとたん、「バチン。」
「いてえ、いてえ、いてえよお。」
大きなカニが二本のハサミで天狗の自慢の鼻をバチンとはさんだと。
天狗がいくら払い落とそうとしてもハサミはビクともしなかった。仕方なしに、そのままやっと山に帰ってきた。
「いてえ、いてえ、いてえよ。」
「おいどうした。ハガクレ、そのかっこうは。」
「ああ、山ん神さま、どうぞお助けを。」
「また悪さをしたな。あれほど悪さをするなといっておいたのに。おれはもう知らん。」
「もう絶対悪さはしません。どうぞお許しを、いてえ、いてえいてえよ。」
「うんそうか。本当だな。」
「守ります。約束はきっと守ります。」
「約束だぞ……よし……それでは……エイ!。」
「カニカニカンニン、カニカンニン。カンニンセエセエ、ガニハサミ。カニカニカンニン、カニカンニン。カンニンセエセエ、ガニハサミ。」と、何ともおかしな呪文を二回となえたら、あら不思議。
そのとたん、天狗の鼻にくい込んでいた力二の真赤なハサミが、鼻の先をはさんだまま、ぽとりと落ちたそうな。
「わーい。とれた!とれたぞ!ありがとうございます。ありがとうございます。」
天狗はぺこぺこ頭を下げた。
「今日から悪さができんように、おまえは赤天狗になるのだ。」
「ひゃあ!赤天狗に。」
今まで体中が葉っぱと見わけのつかなかった“ハガクレ”はたちまち鼻のてっぺんから足のうらまで真赤な天狗になってしもうた。
「何だか変な気分になったぞ。」
山ん神の不思議な呪文で、カニのハサミがとれた赤天狗は、うれしそうに茂みの中に入っていった。
それからしばらくたったある日のこと、村人達は畑に出て、ビックリしてしもうた。
「ひゃあ、これはどうじゃ。」
「一晩で、きれいに畑がすいてある。」
「誰じゃろ。」
「こんなことができるのは、あの“ハガクレ″にちがいない。」
「きっと、あの“ハガクレ″じゃ。」
「このごろじゃ、いたずらせんようになったし。」
「ほんによかことで。」
それからも、赤天狗になった。“ハガクレ″は時々村人達を喜ばせていたが、いつの間にかその姿を全く見せなくなってしもうた。
そんなことがあってから、くる年もくる年も、遠賀の里の小鳥掛は何もかも豊作であった。おかげで、村人達は、だんだん豊かになっていったそうな。
「これはきっと、“ハガクレ”のおかげじや。」
「そうだ、そうだ。“ハガクレ”のおかげじや。」
「ハガクレ天狗ありがとう。」
後になって、この村の庄屋が、“ハガクレ”の働きをありがたく思うて、赤天狗の面を作ってお宮に奉納したと。
村人達は、代々そのお面を大切にまつったということじゃ。
ところが、いつのまにかお宮に奉納された赤天狗のお面の鼻が、だれも知らないうちに欠け落ちておった。
それは、カ二のハサミで、鼻の欠けた“ハガクレ”そっくりで、村人達は、“鼻かげ面”と、よんだそうな。
今でも、鬼津の小鳥掛にある地主神社には、鼻かげ面が大切に保存されているということじゃ。
そしてな、ハガクレ天狗が、昔、水飲みにいって、カニに鼻をはさまれた所を、“ガニハサミ池”とよんでいたんじゃ。
それを、いつのころからか、”ガニハミ”というようになったそうな。
今でも尾崎には“蟹喰”という地名が残っているということじゃ。
歩いて見ようおはなしのふる里
小鳥掛にある地主神社
山の神がまつられたという椎の大木
地主神社と蟹喰池